東京オリンピックが来年に迫ってきた中、卓球のプロリーグ、Tリーグ開幕しました。
最近では、世界選手権の日本代表の活躍などもあり、卓球に対する注目度も日増しに高まってきております。
張本智和選手や伊藤美誠選手、平野美宇選手など、若い選手の台頭と活躍が目覚ましく、スポーツニュースで目にする機会も増えてきています。
こうした若い選手の活躍でも注目を集める卓球界ですが、卓球界には有名な”一家”がいくつかあるのも特徴的な点です。
例えば、張本家(智和、美和)は一般にも知られていますが、他にも松平家(賢二、健太、志穂)、吉村家(真晴、和弘)といった卓球一家が存在しており、Tリーグに参加して活躍されています。
今回紹介させていただきますのは、そんな卓球一家の中でも卓球界において一際強い印象と異彩を放つ森薗一家です。
森薗美咲選手、政祟選手の姉弟と、この二人のいとこにあたる森薗美月選手の3名です。
森薗美咲、政祟兄弟の父である誠さんと、美月の父である稔さんは双子の兄弟です。
稔さんが兄で、誠さんが弟になります。
二人はともに元卓球選手で、現役時代は兄・稔さんがサンリツで、弟・誠さんはシチズンでプレーしました。
この卓球兄弟からそれぞれ厳しい英才教育を幼少期を受けた美咲、政祟、美月の3人は、現在ではTリーグの第一線でプロ卓球選手として活躍されています。
卓球の森薗美咲選手@Af0416、政崇選手@MasaMezase、美月選手@miiiinosuke0409のインタビューで、撮影を担当させて頂いておりますー!!
前後編に渡るインタビュー。よろしくどうぞー。https://t.co/TIJ67RLblU pic.twitter.com/IelLUPWHax— 千葉格 Itaru Chiba (@sunpo_life) 2018年10月24日
森薗美咲選手(森薗ファミリー・姉)
森薗美咲選手(もりぞの みさき)について紹介します。
森薗美咲選手プロフィール
1992年4月16日生まれで現在は26歳です。
出身は東京都西東京市で、身長149cm。
プレースタイルはフォア裏・バック表前陣速攻型です。
AKB48のファン。
本日30日で約7年半在籍させていただいた日立化成さんを退社し、Tリーグ参戦の決意を固め、TOP名古屋さんと所属契約を結ばせていただきました。
初代王者目指して精一杯頑張りますので、TOP名古屋の応援よろしくお願いします!! pic.twitter.com/n6KxyCR9Zf— 森薗美咲 (@Af0416) 2018年9月30日
森薗美咲選手の経歴や現在の所属は?
3歳から卓球を始め、小学校までは父・誠さんが経営する美鷹クラブに所属しました。
中学校からは強豪である青森県の青森山田中学・高等学校に進学します。
青森山田在学中には卓球ジュニア日本代表に選ばれ、世界ジュニア卓球選手権などで実績を上げて活躍しました。
2010年12月に開催された第8回世界ジュニア選手権の女子団体において、中国の8連覇を阻止しての初優勝に貢献しました。
この大会はジュニア大会ではありますが、卓球の世界大会での日本女子団体種目優勝ということとなると、1971年の世界選手権女子団体優勝以来となる39年ぶりの快挙でした。
青森山田高校卒業後は、日本卓球リーグの日立化成に所属します。
2013年に韓国・釜山で開催されたアジア卓球選手権では女子団体の銅メダル獲得に貢献し、さらに2014年の全日本卓球選手権・混合ダブルスにおいては張一博選手とのペアで優勝を果たしました。
2018年からは7年半所属した日立化成を離れ、TリーグのTOP名古屋への加入を発表し、それと共にプロ契約を行いました。
森薗政祟選手(森薗ファミリー・弟)
森薗政祟選手(もりぞの まさたか)について紹介します。
森薗政祟選手プロフィール
1995年4月5日生まれで現在23歳です。
東京都西東京市出身で、身長160cm、体重50kg、血液型はA型。
プレースタイルは左シェーク裏裏ドライブ型。
チキータレシーブから前陣に張り付いて速い打点の両ハンドドライブで攻撃するのが特徴です。
股関節の柔らかさと素早いフットワークを強みにしています。左利きを生かしてダブルスを得意とし、大島祐哉選手とコンビを組むことが多いそうです。
歌手のコブクロの「君という名の翼」という曲のミュージックビデオに父・誠さんと出演した経験があります。
【森薗が初のシングルスベスト4入り🏓】
男子シングルス準々決勝。森薗政祟と渡辺裕介の明大対決は、森薗が先輩の意地を見せ勝利。森薗のセット間でのルーティンにも注目!https://t.co/I5T1yNzHUW— 卓球専門メディア Rallys (@Rallys_pingpong) 2018年1月20日
森薗政祟選手の経歴や現在の所属は?
卓球を始めたのは姉・美咲に遅れること2年、4歳の誕生日からでした。
姉と同様に小学校までは父・誠が経営する美鷹クラブに所属しました。
その後の進路も姉と同じ青森山田中学・高等学校へ進みます。
全国屈指の強豪校である青森山田には全国から優秀な選手が集まり、政祟選手の先輩には日本代表になる丹羽孝希選手や町飛鳥選手、吉田正巳選手が先輩にいるという、レギュラー争いに勝つことがイコール全国という厳しい環境で練習に励みました。
2014年1月に開催された全日本選手権男子ダブルスでは、同じ青森山田高校の後輩である三部航平選手とペアを組み出場します。
決勝では水谷隼・岸川聖也ペアと対戦して史上2組目となる高校生ペアでの優勝を果たしました。
青森山田高校卒業後は明治大学に進学し、2015年のユニバーシアード夏季大会に出場しました。
この大会では男子シングルで優勝したのですが、この金メダル獲得はユニバーシアード卓球競技シングルス種目における日本勢初の快挙でもありました。
さらに同年に行われたITTFワールドツアーグランドファイナルの男子ダブルスでは大島祐哉とのペアで優勝。
この優勝は1996年の第1回大会以来初の日本人ペアによる優勝でもありました。
政祟選手の成長と活躍はこの後も留まることなく、ITTFワールドツアーグランドファイナルでは2016年に銀メダル、2017年には再び金メダルを獲得しています。
2017年には2シーズンぶりに参加したトップレベルのブンデスリーグでも好成績を収め、迎えた世界選手権ではデュッセルドルフ大会において大島祐哉選手とのペアで準優勝を飾ります。
現在は岡山リベッツに所属し、マネージメントはFPCです。
東京オリンピックでもメダル獲得が期待される卓球選手の一人であり、トップレベルの卓球選手でもあります。
森薗美月選手(森薗ファミリー・いとこ)
森薗美月選手(もりぞの みづき)について紹介します。
森薗美月選手プロフィール
1996年4月9日生まれで、現在22歳です。
愛媛県松山市出身で、身長152cm。
プレースタイルは右シェーク両ハンドドライブ型。
素早いフットワークを活かした攻撃なプレーが特徴です。
趣味は登山(冒険)とDIY。
【木下アビエル神奈川が森薗美月のTリーグ参戦を発表❗️✨】
ついに、Tリーグ女子の木下アビエル神奈川が選手発表第1弾として、森薗美月選手の加入を発表しました❗️😍謎に包まれていた球団全容だが、そのベールが少しずつ剥がれようとしています❗️https://t.co/1axQRwtwV0
— 卓球専門メディア Rallys (@Rallys_pingpong) 2018年7月13日
森薗美月選手の経歴や現在の所属は?
美月選手が卓球を始めたのは6歳の小学1年生からでした。
そのきっかけは美咲・政祟兄弟からの影響にあります。
美月選手は美咲・政祟兄弟とは異なる愛媛県・松山市の出身です。
ここは父である稔・誠兄弟の実家のある場所でもあります。
美咲・政祟兄弟の父・誠さんは熱心な英才教育から、休暇であっても練習ができるように卓球台のある場所を選びました。
帰省先である実家には卓球台があり好都合だったようです。
正月休みに帰省してきたいとこ兄弟が練習に打ち込んでる傍ら、美月選手はラケットとボールで遊んでいたそうですが、だんだんと卓球自体にも興味えを持ち始めたそうです。
その後すぐに父・稔さんに卓球をやってみたいと伝えると、父からの答えは卓球に専念するなら許すという答えでした。
当時、美月選手はクラシックバレエを習っていて宝塚を目指していたそうですが、悩んだ末にクラシックバレエを辞めて卓球を選択しました。
いとこである政祟選手は当時を回想して、「こっち側に来たか」と語っています。
それは普通の人が踏み入れるのは勧めないという意味からです。
最初はただ楽しんでいた卓球でしたが、小学3年生から”本格的”に卓球を始めることになります。
それまで通っていた清水クラブからえひめTTCに移り、中国出身の張良コーチから引き続き指導を受けます。
TTCでの練習を終えて帰宅すると、今度は父・稔さんがコーチとなりさらに練習を重ねました。
いとこの美咲・政祟兄弟と同様に365日卓球漬けの生活の始まりです。
さすが卓球一族のDNAなのか上達も早く、小学6年生の時にはJOCジュニアオリンピック女子カデットの部(中学1年生以下)で優勝します。
その後は強豪である大阪・四天王寺高校へ進学しました。
高校3年生の時に出場した全国高校総合体育大会では団体優勝と女子ダブルス準優勝を果たしました。
四天王寺高校卒業後は2014年にサンリツに入社し、2016年には全日本社会人女子シングルスで優勝しました。
2018年からはTリーグの木下グループに所属しています。
森薗ファミリーの美咲・政崇・美月って兄弟?出身や経歴は?現在の所属はどこ?まとめ
森薗一家にも他の成功した卓球選手と共通する要素があります。
それは、幼少のころから、スパルタ教育(英才教育)、親が元選手などです。
3人とも幼少期から受けた父達の卓球教育はかなり過酷であったと語っています。
現在では問題視されるくらい際どいものだったようです。
しかし、他の成功した卓球選手も幼少の頃に泣きながら反復練習を繰り返した経験をよく耳にします。
ということは、卓球というスポーツ特有の成功するための何かがそこにあり、それについてよく知っている元選手である親たちは、その重要性を知っているからこそ厳しく指導したのかもしれません。
その競技特有の事情や育成の方法については一般の人々には分からいないことが多そうです。
ただ分かるのは、トップレベルの卓球選手は考えられないほどの並外れた努力をしているのであり、その積み重ねはあのピンポン球の軽さと比べるとあまりにも重いものであるということです。
今後の森薗ファミリーから目が離せません。
これからの活躍に期待しましょう!
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