橋本倫史とは?ドライブインの世界で紹介する場所や食べ物は何?

4月23日放送の『マツコの知らない世界』は、実は誰でも参加できる舞踏会の世界とドライブインの世界が予定されています。

そもそも、ドライブインをご存知でしょうか。
今、マックのあれを想像しましたね?

それは、ドライブスルーです。
サービスエリアとは何が違うの?
何でしょう、サービスエリアの規模を小さくしたのがドライブインでしょうか。

若い世代では知らない方も多いでしょう。
ドライブインは昭和の時代に多く、その後はサービスエリアに役割が引き継がれています。
ドライブインの存在自体が、昭和の自動車社会の発展を表しています。

ドライブインの定義としては、街道沿いにある、駐車場付き商業施設となっています。
道沿いの、駐車場のある個人飲食店ということです。

サービスエリアとの違いは、イオンモールと地元の個人商店のような感じです。

ドライブインの多くは、古いものがほとんどで、建物の外観もレトロです。
『マツコの知らない世界』の予告で登場しているドライブインも、皆どれも昭和を感じさせる見た目ですね。

このドライブインを、それも日本全国のドライブインを巡っているのが、今週のゲストの一人である橋本倫史さんです。

いったい橋本さんは、なぜドライブインを巡るようになったのでしょうか。

そして、番組予告に登場したドライブインはどこにあるのでしょうか。

さっそく調べてみましょう。

ドライブインを巡る男、橋本倫史のプロフィール

  • 名前:橋本倫史(はしもと ともふみ)
  • 生年月日:1982年
  • 出身地:広島県東広島市
  • 経歴:学習院大学→ライター

橋本さんが、ドライブインに興味を持つようになったのは、10年前の平成21年のことでした。

その頃橋本さんは、あるバンドが好きだったそうで、そのバンドの九州ツアーを追うために原付バイクで九州を旅していたそうです。

その旅の中で、鹿児島のドライブインに立ち寄りました。
これが初めてのドライブインだったそうです。

その店に訪れたのと同時に、道中に同じような店がいくつもあったことを思い出しました。
そうした店の多くは、すでに朽ちかけていたそうで、いずれなくなってしまうだろうと思ったそうです。

橋本さんは、ドライブインという施設があったという事実を後世に残したいと考え、2011年から本格的にドライブインの取材を開始しました。

およそ200店を巡って取材を重ね、2017年4月からは『月刊ドライブイン』という雑誌を自主出版します。

『月刊ドライブイン』は全12号に渡り、2018年6月の最終号(vol.12)まで発行されます。

今年1月には、この『月刊ドライブイン』全号をまとめた書籍『ドライブイン探訪』を筑摩書房より出版しました。

ドライブインは、日本の車社会の発展と共に作られました。
そこには、昭和の社会や産業の変化も凝縮されているそうです。

中には、峠の茶屋から10代続く店があったり、80年代のバイクブームを経験した人々がいまだに集まる店もあるそうです。

橋本さんの取材のスタイルは、まずは長居することから始まります。

お酒も好きな橋本さんは、ドライブインに長居して飲むのですが、運転のことが気になる店主はそのうち声をかけに来るそうです。

そこで、世間話のついでのような感じで、お店のことを少し聞きます。
店を出るころには、へべれけで会計するそうです。
この段階で初めて、ライターであることを伝え、そして『月刊ドライブイン』の見本を見せ、正式に取材を申し込むそうです。

その後、何度も店に足を運び取材を重ね、それを『月刊ドライブイン』という形にしていったそうです。

橋本さんは、ご自身の思いや意見には全く興味がありません。
ドライブインという存在があったという事実を後世にただ伝え、その上でドライブインを知った人が考えてくれればいいという思いです。

ドライブインを巡る男、予告動画で見れたドライブインの場所や食べ物は?

『マツコの知らない世界』の予告で見れた、ドライブインの場所を調べました。

ドライブイン扶桑

〒323-0017
栃木県小山市飯塚1828
☎0285-23-1674

40年以上営業しているドライブイン扶桑は、デカ盛りメニューが有名で、夕方のニュース番組で取り上げられたこともありました。

そのため、一時期は店内も混み合い、最近はようやく落ち着いてきたそうです。

有名なのはタンメンと焼肉定食です。
タンメンはラーメン通の間でも知られた存在のようです。

焼肉定食ですが、素晴らしいデカ盛りです。
金属製のお皿の上には、焼肉がたくさん盛られています。これなら満足できますね。

ドライブイン赤目

〒518-0469
三重県名張市赤目町長坂651
☎0595-63-3010

こちらは、赤目四十八滝へ向かう途中にあるドライブインです。
伊賀らしく、先には忍者の森もあります。

赤目滝の散策者のためにも、駐車場を貸しているそうです。

こちらのグルメは、名物・牛汁御膳です。
親近感のわくメニューというよりも、その見た目は旅館の夕食のようです。

赤目滝の清流と、鳥のさえずりを聞きながらいただく牛汁御膳は、きっと贅沢な味わいでしょう。

わかばドライブイン

〒034-0212
青森県十和田市大字米田雨溜19-1
☎080-6006-6862or0176-28-3261

わかばドライブインは、4号線、十和田と五戸の中間にあります。

店内には、こたつが並ぶ座敷と、普通のテーブル席があります。
座敷の端には漫画が山積みになり、暇を持て余すこともありません。

メニューは豊富で、かつリーズナブルです。
馬肉鍋定食もあります。
ラーメン350円からという安さです。

名物はトンバラ定食です。
小鉢が3つ付いてボリューム満点のメニューとなっています。

レストハウスうしお

〒028-8311
岩手県下閉伊郡普代村第19地割白井104-13
☎0194-35-3450

45号線、三陸鉄道リアス線「堀内駅」の手前にこちらのドライブインはあります。

目の前には太平洋が広がり、この展望も好評です。

名物グルメは、磯ラーメンです。
たくさんの海藻が入っており、上にはムール貝、エビやホタテが乗っています。

さらに、三陸の蒸ウニ丼も人気です。
ラーメンに、ミニ蒸ウニ丼を付ける方が多いようです。

『ドライブインの世界』番組放送内容は?

橋本倫史『ドライブインの世界』で放送された番組内容を紹介します。

当初はレジャー施設だった?!

昔からあるたたずまいや、レトロな雰囲気のドライブインですが、当初はレジャー施設だったそうです。

そんなドライブイン。
昔は赤坂見附や六本木など、都心にもあったと橋本さんは言います。

六本木のミッドタウンには、昔は防衛省がありました。
さらに遡れば、戦後は米軍によって接収されていました。
そのため、米軍関係者向けのドライブインが最初都心に作られていきました。

沖縄には、その名残を感じさせるお店があります。
A&Wというドライブインは、アメリカンダイナーを日本的に解釈して作られました。
古き良きドライブインの姿には、ドライブインの原型が見て取れます。

過去には、渋谷・大盛堂書店(センター街入口)もドライブインだったそうです。
当時は”ドライブイン書店”として営業され、車で乗り付けて本を買う仕組みでした。

他には、”ドライブインシアター”というのもありました。
映画のスクリーンが用意され、音声は車内のFMで周波数を合わせて聞くという仕組みだったそうです。

ドライブインは、飲食とセットかと思っていましたが、色々あったんですね。

ドライブインを取材するきっかけ「ドライブイン家族物語」

職業はライターをしている橋本さんですが、過去にはマツコさんとも面識があったそうです。

マツコさんも初対面ではないという感じはしていたと語っていました。

橋本さんが、ドライブインを巡るようになったのは、26歳の時でした。
当時の橋本さんは、ZAZEN BOYZというバンドの九州ツアーを原付バイクで追いかける、という旅をしていました。

その旅の途中、鹿児島を走っていた時、「薩摩隼人」というドライブインに立ち寄りました。

初めて入ったドライブインで、店を切り盛りする老夫婦の人柄を知り、ドライブインに興味を持つようになりました。

「薩摩隼人」のご夫婦は、元々は焼き鳥屋を営んでいたそうです。
ある時旦那さんは、常連客から「女房にきれいな格好で仕事をさせてやった方がいいんじゃない?」と言われました。

その頃、鹿児島でもドライブインが増えてる時代であったことから、国道10号線にドライブインを開店したそうです。

橋本さんは、”昭和レトロ”の魅力に惹かれたのではなく、こうした物語や街の食堂とは違うドライブインの個性に興味を持ったのだそうです。

おすすめドライブインを紹介

橋本さんは、いくつかのドライブインについて紹介されました。

まずは、栃木県益子にある、「大川戸ドライブイン」です。
店主は黒子美津子さんという方です。
1968年に開店して以来、何度かの建て替えもあったため、比較的新しい外観です。
黒子さんは、一人でこの店を経営されています。

このドライブインを作ったのは、美津子さんのお父さんでした。
開店当時、益子から茨城や笠間に抜けるトンネル建設の計画が持ち上がりました。

交通量が増えることを期待し、現在の土地にドライブインを作ったのですが、このトンネル計画は立ち消えになってしまいました。
それでも現在まで、経営されているのです。

交通量は変わらないが、客を呼ばなければならない。
そこで家族で考えたのが、”流しそうめん”でした。

改良を重ねて作られた流しそうめんマシーン、いやテーブルなのでしょうか。
中央に箸や薬味があり、その周囲をお堀のようにそうめんが流れるという仕組みです。

茹でたこだわりのそうめんを流すため、一人でも切り盛りできるそうです。
家族連れも多く、50年営業されています。

2つ目は、福岡県・糸島にある、「ドライブイン夕陽」です。
目の前には綺麗な海が広がり、看板には”Evening Sun”の文字が。
「夕陽」=「Evening Sun」、なるほど。

3つ目は、三陸海岸国道45号線沿いにある、「レストハウスうしお」でした。
三角屋根の建物が特徴的です。
一面ガラス張りで、創業当初はオシャレな外観だったでしょう。

親子2代で49年経営されています。
2011年の東日本大震災の影響で、一時は閉店に追い込まれるも、復活しました。

看板メニューは、磯ラーメンです。
近くで採れたワカメやムール貝が入ったラーメンは、さっぱりした味でおいしいのだそうです。

もう一つの名物は、蒸ウニ丼です。
これも近くでウニが採れることから、新鮮なウニを使った蒸ウニ丼が食べられます。

4つ目は、群馬・上州姫街道の近くにある、「ドライブイン七輿」です。

こちらは、現在観光客で大変賑わっているお店だそうです。
その観光客のお目当ては、食堂にずらっと並んだ自販機です。

自販機のほとんどは、40年以上前のもので、現在では見られないような変わったものばかりです。

例えば、トースト自販機。
他には、チャーシュー麺やうどんといったレトロな食品自販機です。

自販機で売られる料理は、ご主人が作って、女将さんが補充しているそうです。
トーストについては、仕入れたものを入れているそうです。

シニアには懐かしく、若い人には物珍しいこれらの食品自販機は、今でも現役で稼働しています。

5つ目は、石川は能登にある「ロードパーク女の浦」でした。
のぼりがなければ、民家と見間違えるような外観です。
目の前には海があり、すぐ近くには能登金剛があります。

能登金剛が松本清張の小説『ゼロの焦点』の舞台となたため、店内にはお土産を売るスペースもあります。

飲食店経験ゼロからドライブインを始めましたが、名物メニューの能登ラーメンが人気となっています。

この能登ラーメンですが、一見するとチャーシューがトッピングされているように見えます。

しかし、これはカニとイカなのです。
地元の新鮮なカニとイカを使った能登ラーメンは、店の名物として人気だそうです。

そして最後6つ目は、栃木県小山市の「ドライブイン扶桑」です。

4号線から少し離れた場所にありますが、先に工業団地があったため、長くトラックドライバーを中心に愛されてきました。

こちらは、店主の鈴木廣子さんが一人で経営されています。
お客さんに尽くすことを考えてきた結果、地元の方も多く来店するそうです。夕方の5時からは、女将さんのカラオケのサービスもあります。

サービス精神は料理にも表れています。
今回は、わざわざスタジオに出向いて、名物のタンメンを作って下さいました。

このタンメンの盛りがすごいです。
ラーメン好きなら、”二郎”を連想するかもしれません。

麺にはたどり着くどころか、スープを飲もうとしてもレンゲが入りません。
マツコさん、どこか懐かしいこのタンメンを美味しそうに食べていました。

このデカ盛りタンメンは、”恩返し”のためにできたそうです。

巨大な台風の直撃を受けた「ドライブイン扶桑」は、浸水などによって営業が困難になりました。

女将さんは困っていたそうですが、多くのボランティアの助けによって、営業再開ができたそうです。

この助けに対する”恩返し”の意味を込めて、デカ盛りタンメンが生まれました。

ドライブインには、美味しそうなグルメと、人間物語が詰まっていました。

橋本倫史とは?ドライブインの世界で紹介する場所や食べ物は何?まとめ

橋本倫史さんは、ドライブインを取材しているライターです。

10年前の平成21年に、鹿児島のドライブインに立ち寄ったことがきっかけで、ドライブインに興味を持ちました。

ドライブインの多くは昭和の、それも高度経済成長期の頃から営業している店が多く、ほとんどが老朽化しています。

橋本さんは、こうしたドライブインが存在したという事実を後世に残すため、自主出版で『月刊ドライブイン』という雑誌を作りました。

今年1月には、『月刊ドライブイン』全12号を書籍化した、『ドライブイン探訪』を筑摩書房から出版しています。

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