天理高校の元エース南竜次が年商9億の実業家に!爆報!THEフライデーに出演

プロ野球はオープン戦が始まり、各球団のチーム状態や選手の仕上がり具合について連日報道されています。

各球団の中心選手の調子がどのような状態かも気になりますが、ルーキーや期待の若手選手が実戦でどのようなプレーを見せるのかは、野球ファンの毎年の楽しみの一つでもあります。

毎年多くの才能が華やかなプロ野球の世界に飛び込みますが、その一方で厳しい競争があるのも事実です。
アマチュアでトップクラスの才能を認められた選手であっても、プロの舞台で活躍できるのはほんの一握りでもあります。

どの野球選手もいつかは引退しなければなりません。
そしてそこから第2の人生が始まります。
一人の人間としては、野球選手としてのキャリアと同様に、セカンドキャリアも大切なものです。

3月8日(金)に放送される『爆報!THEフライデー』(TBS系列19:00~20:00)では、「夏の甲子園を制した天理高校のエースMは今…」という「エースM」さんのセカンドキャリアが取り上げられます。
そうです。
「エースM」とは元プロ野球選手の一人でもある”南竜次”さんのことです。

今回は南さんのセカンドキャリアでの活躍について紹介したいと思います。

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南竜次の経営する株式会社AIRECサービスの事業内容とは?

南さんは野球選手を引退後、地元である大阪で灯油販売のアルバイトを始めました。

しかし、この仕事は冬季限定でした。
困った南さんに対して、アルバイト先の灯油販売会社の社長が社員にならないかと打診しました。

こちらの会社は、灯油販売の他にエアコン据え付けの事業も行っており、南さんは99年3月からこの会社の社員として名古屋で勤めることになりました。
南さんはこちらの会社で店長になり、さらには東海地方の支店を束ねるブロック長へと出世街道を歩みます。

2005年には独立を決め、翌年の2006年に「株式会社AIREC(アイレック)サービス」を設立しました。
こちらの会社の主な事業はエアコン設置です。

そして、飲食店も経営しています。
南さんは、現在では年商9億円の起業家として活躍されています。

AIRECでは家電製品の販売・修理、エアコンの据付、クリーニング、飲食店経営を行っています。

電化製品の取り付け
取引をしている大手家電量販店に代わり一般家庭を訪問して、エアコンやTV、冷蔵庫などの取り付け業務です。
他にも洗濯機やウォシュレットの取り付けも行っており、生活家電全般の取り付けに対応しているそうです。

飲食店経営『KARAKARA名古屋笠寺店』
名古屋市南区戸部町にて、『KARAKARA 名古屋笠寺店』という飲食店も経営されています。
こちらは鶏肉や牛肉、ホルモンといった焼肉や鍋料理を提供するお店になります。

唐辛子とスパイスを効かせた鍋料理がアピールされています。
テーブル席、ボックス席や半個室の他にカウンター席も用意されており、アットホームな雰囲気になっているようです。

KARAKARA(カラカラ)笠寺店

KARAKARAはチェーン店のようなので、南さんはフランチャイズ経営をされているようです。

ご本人がメディアで語ったことによると、こちらの飲食店経営は副業的な意味合いであり、あくまで本業はエアコン設置だそうです。

ひょっとすると、野球選手の現役の頃から、飲食店のサイドビジネスへの夢があったのかもしれませんね。

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南竜次の気になる年収は?

エアコン設置事業と飲食店経営を合わせたAIRECの年商は、9億円になるそうです。

会社の社長であっても、勝手に自分の給料を決められるわけではありません。
また年商はあくまで会社が一年間に稼いだ金額なので、そこから従業員の給料や税金などを差し引く必要があります。

例えば、年商1億で従業員20名ほどの会社であれば、社長の年収は500万円ほどになるそうです。
南さんは年商9億円ですから、年収4500万円と推測できます。

低く見積もって推定年俸4500万とすると、プロ野球チームなら真ん中くらいになります。

2006年から事業を始めたことを考えると…。

南さんはプロ野球選手時代より成功されているようですね。

プロフィール

南さんは、高校野球の強豪である奈良県の天理高校の出身です。

1990年には春・夏の甲子園に3年生のエースとして出場されました。

夏の甲子園では優勝も果たされました。

1990年のドラフト会議では、日本ハムファイターズからドラフト4位で指名を受けてプロ入りしています。

甲子園優勝投手の実績と、193cmの長身を活かしたダイナミックな投球で活躍が期待されていましたが、そのプロ生活は常に肘の故障との闘いでもありました。

思うような投球ができないことから、1997年に日本ハムを退団。

アメリカ独立リーグのセントポール・セインツでプレー続けましたが、翌年の1998年に引退を決断されました。

引退した当時の南さんはまだ26歳の若者でした。

そこからセカンドキャリアを歩み始めた南さんは、現在は起業家として活躍されています。

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まとめ

プロ野球選手で輝かしいキャリアを歩めなかった選手を、”敗北者”のように扱う風潮がありますが、それは間違いだと思います。

プロ野球選手になるためには、アマチュアで厳しい競争に打ち勝たなければなりません。
その競争に勝った、選ばれた人間だけがプロ野球選手になっているという事実は見過ごされています。

南さんはさらに甲子園優勝投手であり、アマチュアではトップクラスの実績です。
プロ野球選手としては思うようなキャリアではなかったのかもしれませんが、多くの成功体験を積まれています。

その成功体験と挫折の経験を糧にして、現在のセカンドキャリアでの成功を掴まれたのでしょう。

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