プロ野球選手・監督として活躍された、野村克也さんの4人の子供たちとプロフィールについてまとめてみました。
強打の名捕手・名将として、球史に名を刻んだ野村克也さん。
子供は4人いますが、どのような方々なのでしょうか。
今回は、野村克也さんの息子たちの現在などについて詳しくまとめました。
そして、野村克也さんのプロフィールについても。
改めて、偉大な名捕手・監督と再認識させられました。
野村克也の4人の息子の現在は?
プロ野球選手・監督・解説者として活躍された野村克也さんには、4人の子供がいらっしゃいます。
- 野村克則さん(沙知代さんとの子供)
- 団野村さん(沙知代さんと前夫との間の子供で長男)
- ケニー野村さん(沙知代さんと前夫との間の子供で次男)
- 陽一さん(前妻・正子さんとの子供)
少し複雑なのですが、野村克也さんは2度結婚しており、実子は前妻との間に生まれた陽一さんと、妻・沙知代さんとの子供である野村克則さんの2人です。
妻・沙知代さんも、野村克也さんとは2度目の結婚でした。
前夫は、アメリカ軍の将校だったユダヤ系アメリカ人のアルヴィン・エンゲルさんです。
団野村さんとケニー野村さんは、妻・沙知代さんとアルヴィン・エンゲルさんの子供で、二人の息子たちにとって野村克也さんは継父となります。
元々は、団野村さんもケニー野村さんも妻・沙知代さんの旧姓・伊東を名乗っていましたが、野村克也さんとの再婚で継子となり、姓も野村になりました。
野村克則(のむら かつのり)
- 生年月日:1973年7月23日(現在46歳)
- 出身:東京都目黒区
- 身長:178cm
- 体重:84kg
- 職業:プロ野球選手→プロ野球コーチ
- 経歴:堀越高校→明治大学
- 所属球団:ヤクルト→阪神→巨人→楽天
野村克則さんは、野村克也さんと沙知代さんとの間の子供です。
元プロ野球選手で、現役時代のポジションは父と同じキャッチャーでした。
明治大学からヤクルトスワローズに入団し、阪神、巨人、楽天と渡り歩き2006年に引退しました。
阪神時代と楽天時代の監督は、父・野村克也さんです。
引退後はそのまま楽天のコーチに就任し、指導者としての方が選手時代よりも大きな成功を収めています。
2020年の新シーズンは、楽天の1軍作戦コーチだそうです。
団野村(だん のむら)
- 日本名:野村克晃(のむら かつあき)
- 生年月日:1957年5月17日(現在62歳)
- 出身:大阪府
- 職業:交渉代理人
- 経歴:セント・メリーズ・インターナショナル・スクール→カリフォルニア大州立大学群カリフォルニア州立理工科大学
- 所属球団:ヤクルトスワローズ
団野村さんは、1977年にドラフト外でヤクルトスワローズに入団した元プロ野球選手です。
内野手でしたが、1軍での出場なく現役引退しています。
引退後はアメリカ・メジャーリーグ(以下MLB)のテレビ解説者に転身した後、エージェントとして成功を収めました。
エージェントというのは、MLBで選手が球団と契約を行う際の交渉代理人です。
団野村さんは、野茂英雄さんがMLBに挑戦する際の代理人となり、話題になりました。
現在、団野村さんはKDNスポーツジャパンの代表取締役となっています。
ケニー野村
- 日本名:野村克彦(のむら かつひこ)
- 生年月日:1959年2月27日(現在60歳)
- 出身:東京都目黒区
- 身長:180cm
- 体重:85kg
- 職業:スポーツアドバイザー
- 経歴:セントマリア高校→カリフォルニア工芸大学
- 所属球団:広島東洋カープ→日本ハムファイターズ
神奈川県生まれで東京都目黒区育ちのケニー野村さんも、兄・団野村さんと同じく元プロ野球選手です。
1979年にドラフト外で広島東洋カープに入団し、1983年に日本ハムファイターズで引退しました。
現役時代はキャッチャーでしたが、1軍でのプレー経験はありません。
引退後のケニー野村さんは、スポーツアドバイザーに転身され、日本とアメリカで活躍されています。
また、娘の野村沙亜也さんは大谷翔平選手が所属している、MLB・ロサンゼルス・エンゼルスの球団職員だそうです。
ケニー野村さんは暴露本を発表するなど、母である沙知代さんと確執がありました。
なお、親子関係の改善には、継父である野村克也さんが間に入ったそうです。
陽一さん
生年月日:1961年(現在58歳?)
野村克也さんは前妻の正子さんと1960年に結婚し、翌年の1961年に息子の陽一さんが誕生しています。
しかし、1968年頃には夫婦関係が破綻し、1976年に離婚が成立しました。
前妻・正子さんと陽一さんは一般の方のため、その後どのような生活を送ったのかは分かっていません。
そのため、息子・陽一さんについては、ほとんど情報がありません。
野村克也のプロフィール
- 氏名:野村克也(のむら かつや)
- 生年月日:1935年6月29日-2020年2月11日(84歳没)
- 出身:京都府京丹後市(旧・京都府竹野郡網野町)
- 身長:175cm
- 体重:85kg
- ポジション:キャッチャー(右投右打)
- 職業:プロ野球選手→プロ野球監督→解説者
- 経歴:京都府立峰山高等学校
- 所属球団(選手):南海ホークス→ロッテオリオンズ→西武ライオンズ
- 所属球団(監督):南海ホークス→ヤクルトスワローズ→阪神タイガース→シダックス→東北楽天ゴールデンイーグルス
元プロ野球選手・監督の野村克也さんは、1954年に峰山高校から南海ホークスに入団しました。
契約金0のテスト生でしたが、努力に努力を重ね、球界を代表する選手となります。
戦後初の三冠王になり、本塁打王9回、打点王7回と、南海の黄金時代を攻守両面で支えました。
キャッチャーとしては巧みな投手のリードと打者との駆け引きで、球史に名を残す名捕手として今も語り継がれています。
ONに並ぶ屈指の強打者として活躍した野村克也さんですが、引退後は頭脳派として鳴らしたキャッチャーの経験を活かし、監督としても成功を収めました。
特に、ヤクルトスワローズ監督時代は、洗練された理論的プレーを目指す「ID野球」で注目を集めます。
野村克也さんが監督に就任した当初のヤクルトは、セリーグで競争力がありませんでした。
しかし、野村克也さん就任後は名選手を多数輩出し、巨人を押しのけ黄金時代を築いたのです。
指導者としての輝かしいキャリアはその後も続き、楽天時代は田中将大投手(現ヤンキース)を球界を代表する投手に育成しました。
また、楽天時代は記者会見での”ボヤキ”も人気を博し、楽天日本一の礎を築いています。
監督業から離れてからは、解説業を中心に活躍されました。
しかし、残念ながら2020年2月11日に心不全のためお亡くなりになりました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
以上、今回はプロ野球の名選手・監督として活躍された野村克也さんの息子たちとプロフィールについてまとめました。
まとめ
- 野村克也さんには、4人の息子がいる
- 野村克也さんの実子は野村克則さんと前妻との子・陽一さん
- 団野村さんとケニー野村さんは妻・沙知代さんと前夫の子供
- 野村克則さんは楽天一軍コーチ
- 団野村さんは野球の代理人
- ケニー野村さんはスポーツアドバイザー
- 陽一さんは一般の方のためほとんど情報がない
- 野村克也さんは選手・監督として日本球界を代表するレジェンド
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