大阪桐蔭が甲子園に出ない。
2018年春夏と甲子園で優勝を果たし、史上初となる3季連続の日本一が懸かっていた大阪桐蔭が、戦うことなくその挑戦を終えることになりました。
1月25日に行われた、第91回選抜高校野球大会の出場校発表で、惜しくも選出漏れとなったからです。
「代表校」ではなく「補欠1位」。
補欠とは、出場校が不祥事などにより辞退した場合に繰り上げられる学校のことです。
つまり、実質的には落選と変わりありません。
西谷浩一監督はインタビューでこう答えています。
「私も人間なので落胆する気持ちはあります」。
もちろん、そうでしょう。
最初から選ばれないと分かっていたら諦めもつきますが、今回は選ばれるか選ばれないかのボーダー上にいながらの落選だけに、ショックも大きいはずです。
それでも、西谷監督はこう続けました。
「まだ大きな夏の優勝旗を持っています。全員で返しに行って、夏日本一という大きな山を登りたい」。
そう、春がダメなら夏があります。まだ、夏連覇という偉業への挑戦が残っています。
本番である夏に向けて、現チームのチーム状況ならびに、なぜ今回のセンバツに選ばれなかったかをあらためて整理したいと思います。
なぜ近畿大会で勝てなかったのか?その理由は?
昨年の大阪桐蔭は、まさに最強でした。
根尾選手、藤原選手をはじめ柿木選手、横川選手と、のちに4人ものプロ入り選手を擁するチームは甲子園の春夏連覇を達成しました。
長い歴史を誇る甲子園ですが、春夏連覇を達成したのは、今回でわずか8度だけです。
さらに、秋の国体でも1位。
国体は、台風の影響で準決勝以降が中止されベスト4が1位となりましたが、これで全国大会3冠を達成したことになります。
しかし、この輝かしい功績があだとなることが一つありました。
それは、新チームの始動が遅れるということです。
夏の大会は、負けたら3年生は引退します。
だから、勝ち進むほど3年生は残り続け、1・2年生による次のチームへの移行は遅れてしまうというわけです。
当然ですよね。
では、今回の大阪桐蔭はどれぐらい新チームの始動が遅れたのでしょうか。
昨夏の甲子園決勝が行われた日は8月21日です。
つまり、翌日の8月22日から、新しいチームとして活動を開始したことになります。
一方で、他のチームを見てみましょう。
昨夏は第100回の記念大会ということで、大阪は北大会、南大会と分かれ、大阪桐蔭は北大会を戦いました。
大阪北大会の初戦は7月7日です。
つまり、ここで敗れたチームは7月8日から新チームとなるため、大阪桐蔭より実に1ヶ月半ほど早く始動したことになります。
1回戦で敗れたチームと大阪桐蔭ではさすがに差があります。
では、履正社はどうでしょうか。
昨夏の7月27日、準決勝で大阪桐蔭と履正社は戦っており、ここで履正社は負けました。
よって始動したのは7月28日。
つまり、履正社の新チームは大阪桐蔭と比べて1か月近くも早く動き出したことになります。
この1ヶ月の差というのは、ものすごく大きなハンデになるといえるでしょう。
理由は、夏の大会が終わってすぐに秋の大会が始まってしまうからです。
今回の場合、近畿大会の出場をかけた秋の大阪府大会は9月1日に開幕。
大阪桐蔭の初戦は9月15日で、新チーム移行から1ヶ月未満で公式戦を戦うことになりました。
高校野球の場合は、最も重視されるのは夏の大会です。
3年生にとって負ければ引退となる夏に全精力をかけるのが大半でしょう。
人数が多い強豪校では夏を戦うチームに加え、次の代のチームの準備も同時並行で進めているでしょうが、やはり練習の優先は3年生を中心とした現チームが優先でしょう。
となると新チームにとって、3年生が引退してからの約2ヶ月でどれだけ実践経験を積み、チームとして完成させるかが、秋の大会を勝ち上がる大きなカギを握ります。
しかし、大阪桐蔭の場合は、その準備が極端に短くなってしまったのです。
甲子園で勝ち上がるチームの宿命ではありますが、結果的に今回はこのハンデが重くのしかかってしまったのではないでしょうか。
大阪桐蔭の新チームの戦績は?
2018年夏に甲子園優勝した代から受け継いだ新チームは、秋の大阪府大会で準優勝というまずまずのスタートを飾りました。
最後はライバルの履正社に2-5で敗れたものの、大坂偕星や近大付などを破って決勝に進み、今年も地力があることを証明した形でした。
しかし、春の甲子園に向け重要な参考資料となる近畿大会で苦戦しました。
1回戦こそ橿原(奈良)に10-0で完勝しましたが、準々決勝で智弁和歌山に2-5で敗退し、結果はベスト8。
智弁和歌山が続く準決勝で明石商(兵庫)に0-12で敗れた影響もあり、大阪桐蔭は選抜大会出場を逃すことになりました。
大阪桐蔭の新チームの主力選手は?
1年生に中心選手が多いチームのようです。
特に活発なのは、野手陣です。
西野力矢選手、船曳烈士選手はともに右の長距離砲として中学時代から注目されていました。
この秋はいずれも中軸を任され、今後も期待がかかります。
一方で投手力にやや不安があるといわれています。
今夏の大阪府大会で1年生ながらベンチ入りを果たした仲三河優太投手は本格派右腕で次期エースの期待が高いですが、この秋は2年生の新井雅之投手を中心に戦ったようです。
ドラフト1位でプロの世界に入った根尾選手、藤原選手らがいた前チームより戦力がかなり落ちたことは否めません。
この冬にどれだけ成長し、シーズンを迎えられるかが夏の勝負の行方を占いそうです。
スター軍団から一転・・・
もう一つ、今年の大阪桐蔭が苦戦した材料となったことがあります。
それは、「前チームが強すぎた」ということです。
先ほど述べた、プロ入りした4人だけでなく、ほかにも力のある3年生がそろっていました。
主将の中川選手のほか山田選手も根尾選手らと一緒に2年時からレギュラーとして活躍していました。
最高学年になってもその力は健在で、甲子園のレギュラーは全員3年生。
なんと、ベンチ入りメンバー20人中18人が3年生を占めていました。
3年生に優秀な選手がそろっていたこともあり、下級生が試合に出る機会は少なったようです。
その分、実践経験が少なくなることは仕方ありません。
もちろん大阪桐蔭ですから、毎年素晴らしい素質を持った選手たちが入ってきているとは思いますが、どうしても前年のスター軍団と比べると能力が見劣るのは仕方がありません。
短い準備期間、前チームからの主力がいないという苦しい状況で迎えた秋の公式戦は、春の甲子園逃す結果に終わりました。
ですが、あと一歩のところまで迫ったのは、さすが大阪桐蔭というべきでしょう。
準備期間が1ヶ月未満で迎えた、大阪府大会は準優勝。
決勝で敗れはしましたが、強豪の履正社に2-5と食らいつきました。
近畿大会は1回戦をコールド勝ち。
準々決勝で智弁和歌山に敗れはしましたが、近畿ベスト8は立派な成績ではないでしょうか。
大阪桐蔭、なぜ近畿大会で勝てなかったのか?その理由は?まとめ
大阪桐蔭は苦しみをバネに跳ね上がってきた経験を何度もしています。
2017年夏に甲子園3回戦で仙台育英に劇的なサヨナラ負けを喫したのは、記憶に新しいでしょう。
平凡な内野ゴロを一塁手がベースを踏み損ねるなど、9回2死からまさかまさかの逆転負けでした。
このベースを踏み損ねたのが、当時2年生だった中川選手でした。
中川選手はその後主将となり、あの悔しさを糧に春夏連覇という偉業を達成しました。
ほかにも敗戦を経て成長した代があります。
2013年のチームです。
この年は、秋の大阪府大会4回戦で1-13の5回コールド負け。
相手が履正社とはいえ、屈辱的な大敗でした。
もちろん、春の甲子園には出られませんでした。
しかし、ここからチームはぐんと大きくなり、夏の甲子園では日本一になっています。
実は、大阪桐蔭が春の甲子園に出られないのは、2013年のチーム以来のこととなります。(つまり2014年の春の甲子園に出ていない)。
くしくも同じ状況となった今年のチームも、先輩たちと同じように今回の逆境を跳ね返すことができるのでしょうか。
夏の「第101回高校野球選手権大会」の大阪桐蔭にぜひ注目したいところです。
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